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10月1日。

店を今の場所に移して、明日で丸10年経ちます。
明日は早仕舞いするし、ひっそりと10年経過しておこうと思っていましたが、お客さんがひいた夕方店にひとりでいたら、夕日の感じか空気のせいか、今の場所に移転オープンしてすぐの頃のことを思い出しました。
のれんをしまいに出たら、向かいのLくんがいたのでちょっとお喋りした。Lくんは私が移転してすぐに生まれたもうすぐ10歳。
誕生日は10/11なんやって。今日初めて聞いた☺︎

10年前の写真を探したら、色々出てきました。
移転の経緯を少し書くと、父が陶芸の森のふもとに店を構えたのが2000年7月のこと。2011年に父が他界し、店を立ち退かないといけなくなったのは2013年7月ころ。そこから急いで新しいお店と窯を置く場所を探しました。いろんな人が困ってるだろうと駆けつけてくれて、空き物件を教えてくれたりしました。
「丸克難民」という単語も生まれた。(丸克は移転前の店の大家さんの名前)
難民の中では一番最初に移転先を決めて、8/25の閉店から1ヶ月ちょっと、2013年10月1日から新しい場所での営業を始めました。

ここを借りると決めて、契約書を交わし、鍵をもらった日の写真が1枚目。左側には母がいて、ガラスに妹映り込んでて、雨が降っているのわかるかな。この日の夜に台風18号が直撃し、信楽高原鐵道の橋梁が落下し、新しい店は15センチほど浸水しました。
翌日に店に行こうとしたけど、途中の道で冠水していて辿り着けなくて翌々日に行った信楽は、混乱の極みで、通行止めも各所にあって、すぐ近くの信号機は倒れていた。
大家さんに助けてもらいながら店の中に流れ込んだ砂をかき集めて掃除した。幸い私の荷物は何もなくて、掃除は簡単に済んだ。
真向かいのお家は床上浸水で、畳が運び出されていた。
店のオープンの準備を進める。新店舗での再開が遅れると、店のことを忘れ去られてしまいそうな気がしてとにかく急いでいた。
取り急ぎ今まで使っていた展示台を並べて、10/1に再オープンしました。10/9にはケーブルテレビの取材来てた。写真2枚目

新店舗(今の店)は元民家だった建物で、土壁の上に木の模様のクロスが貼られていて、天井が低くてあんまり好きじゃなくて、営業しながら自力で壁を剥がしたり床にペンキを塗ったりしていました。瓦礫の中で営業、今思うとすごいなぁ😳写真3〜5
壁剥がす妹の背中もみえます。
写真6枚目が11/15のもの。

毎日店に通って、制作したり店の改装作業をしたり出展したり。
窯場は翌年9月に完成したので、焼成は一年ちょっと試験場の窯を借りていました。
丸克から運び出したのが8/29、12/5に築山ひとつつぶして土台だけができた我が家の庭に、雨ざらしで窯が置かれたのが12/22。

店舗も作業場もないときは、自宅の軒下で釉掛けしたりしてた。
通り抜けるまで、その大変さはわからへんかったけど、振り返ってみるとすごい時間やった。
頑張った私。

店は徐々に整えられ、いろんな人が助けてくださり、昔からのお客さんも移転先をちゃんと見つけてくださり、新しいお客様も来てくださり、今に至ります。

移転前と違って、ご近所さんができて、賑やかになった。

時が経ちお隣のめんこちゃんも、大好きなお向かいのおばちゃんも、真向かいのおじいさんおばあさんもいなくなった。
生きてるといろんな人を見送らないといけないんやなぁって教えられたのもこの場所。
台風のときにお母さんのお腹にいたれんれんは10歳になるし、小2やったそうちゃんと小1やったゆうくんは思春期やし、こじろう🐕もいるし。悲喜交々を感じられた10年でもありました。

私の仕事も、到来するご依頼に流されて追い立てられていたのが、追い立てられはしても、流されなくて済むようになったような気がします。
10年分の経験は、身についているのでしょうか。
それもこれも皆さまのおかげです。
思い返して綴りながらワインを飲みすぎました。

明日は15時閉店です。
10月は石山寺、日野の桟敷窓アート、ゆきあかりの十三夜、11月1週目はしがらき森のクラフトフェスタ、毎週末にイベントがあります。
臨時休業の日もあります🙏

引き続きクレイスタジオくりをどうぞよろしくお願いいたします。

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